今回は前回に引き続き、「106万円の壁」撤廃について取り上げたいと思います。「106万円の壁」とは1週間の所定労働時間または1月の労働時間が通常の労働者の4分の3未満である方のうち、①週の所定労働時間が20時間以上であること②所定内賃金が月額8.8万円以上であること③学生でないこと、のすべてに該当する方が健康保険・厚生年金保険の加入対象となりますが、このうち②を年額に換算すると約106万円となり、これが働き控えを生む原因とされてきたものです。たしかに一部の短時間労働者や使用者には大きな影響を与えますが、影響範囲を理解するために以下の点を押さえておくと良いと思います。
■壁撤廃に対する労働者の反応の違い
一定の短時間労働者がこの影響を受ける可能性がありますが、現在の立場によっても歓迎か反対かが分かれることも考えられます。
多くの場合は、配偶者が会社員など国民年金の第2号被保険者で、自身は第3号被保険者であろうと思います。この場合、現在は配偶者の被扶養者となっており、社会保険料を負担する必要は生じません。この場合、壁撤廃で自身が社会保険料を負担することは将来の年金給付が増えることにはなりますが、手取りが減ることのマイナスが大きいことから壁撤廃には反対の立場になるものと思われます。
一方、配偶者が自営業などの場合は、自分も国民年金の第1号被保険者であり、現在も国民年金保険料を納め、国民健康保険も家族の人数に応じて保険料を支払っているようなケースがあります。この場合、健康保険・厚生年金に加入すると国民年金保険料や国民健康保険の保険料を納める必要が無くなり、かつ健康保険や厚生年金の保険料は事業主と折半負担となることから社会保険料の負担が必ずしも増えるわけではありません。この場合は社会保険への加入に賛成の立場をとる人も一定程度現れると考えられます。独身だが介護などの事情でフルタイムで働けない方もここに含まれてくると考えられます。
なお、学生は「学生でないこと」の条件を満たさないので影響はありません。これは103万円の壁と異なるところです。
■最低賃金との関係
以上のように書いてきましたが、実は最低賃金との関係から、一部の都道府県ではこの議論があまり意味を持たない状態になっています。
最初に書いた条件のうち①の週20時間以上働いた場合、一部の都道府県では最低賃金でも月額8.8万円以上となることから②の条件はあってもなくても変わらないからです。
かりに週の所定労働時間20時間を(少なめに見積もって)月80時間と換算すると、時給1100円以上であれば確実に月額8.8万円以上になります。令和6年度の最低賃金改定状況によれば、東京・神奈川・大阪はすでに1100円を超えていることから、これらの都府県の短時間労働者や企業にとっては既に意味のない議論になっている、ということです。月84時間と換算すると、時給1047円以上で月額8.8万円以上となり、埼玉・千葉・愛知・京都・兵庫の5府県もこの範囲に入ります。労働者の人口も多い都府県ですから、本当に壁撤廃の影響を受ける労働者や企業は意外と少ないのかもしれません。
社労士 山中健司
東京都社会保険労務士会
この記事の執筆者:社労士 山中健司
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